アイ、トーニャ


<公式>
それにしてもアメリカ映画の実話モノの多さはなんなの? 前からか? 違う気がする。いわゆる「良作」枠(大作やジャンル映画じゃなくインディーやアートムービーでもなく…)に、近過去の実在人物をモデルにしたエンタメものがやたらありませんか?当コラムだけでも『アメリカンハッスル』『ウルフオブウォールストリート』『バリー・シール』あたりが、実在人物のキャラの濃さを生かしてエンタメ化してる例だ。もう少しシリアスな例だと『フォックスキャッチャー』みたいなのもある。
時には俳優がメイクや体重増減でそっくりさんになり、物語当時の印象的なポップソングが時代感をもり上げる。面白いんだけどね。上にあげた全部、ムードや作風は違うけれど面白い作品だった。登場人物たちは脚本家がなかなか創造できない突拍子もないエグみや破天荒さがある。展開の意外さだってそうだ。それにアメリカの観客だとネタ元の事件が思い出されるから、二重の面白さもあるだろう。

で、トーニャ・ハーディング&ナンシー・ケリガン事件。フィギュアのオリンピックアメリカ代表をあらそうライバルの1人が殴打され、もう1人が犯罪に関係ありとなって追放された事件。これはよく覚えてる。だいたい、今2人のフルネームがさらっと出てきてるし。こういっちゃなんだが、単純に楽しめるタイプの事件だ。無理に社会的背景とか時代の精神とか織りまぜる必要もないスキャンダル。そして登場人物の面白さ、濃さは上のどれにも負けない。
ただ本作、「実在人物をモデルにした物語」とは少し違う。もっと「再現ドラマ」に寄っているのだ。ドラマのパートは実際の事件から独立して存在していない。俳優が演じるインタビュー風映像があって、彼らの記憶がドラマで再現される。途中でTVコントみたいに俳優たちがメタ的に観客に向かって直接話す、いわゆる「第4の壁」を超える話法が出てくるから、物語に単純に没入させる作りじゃない。しかも、いまだに食い違う関係者たちの証言に合わせて、ドラマの描写も「いや、これ本当とは限りませんけどね?」とつねに観客にメッセージを発する。上でいうと『ウルフオブ』はややそのメタ感がある。なんだろう、全体にフェイクドキュメンタリー風ドキュメンタリーなのだ。


役者は全員いい。高校時代を演じる主演マーゴット・ロビン(『ウルフオブ』も助演!)が間違っても高校生に見えないのはともかく、悪すぎてある種格好いい母、駄目すぎる旦那の友達、あとなんとも味わいがある距離感のスケートのコーチ。旦那はそのなかで全く好感が持てない損な役だけど、実物イメージに合わせたキャラなのかも知れない。コーチ以外は全員ホワイトトラッシュのクラスタで、才能と努力でどうにか抜け出そうとするトーニャも、サルガッソーの海藻のように下から絡み付いてくる「自分のいるところ」のしがらみからどうやっても抜け出せないのだ。
フィギュアスケートのシーンは、たぶん今までにない撮り方で、フィギュアのスポーツ競技としての面を強烈に感じさせる。カメラは加速していく選手の足元をついていき、エッジが氷を削る音と、選手の息づかいを聴かせる。マーゴットはそうとうスケートのトレーニングを積んで自分でもある程度見せられるくらいになっているそうだけど、たぶんCGで顔を入れ替えたりもしているんじゃないかトリプルアクセル自体はCGだそうだ。女子スケートの歴史でトリプルアクセルを成功させた選手は8人しかいない。代役を頼もうにも代表クラスの現役選手を呼んでこないと実写では撮れないのだ。
スケートシーンへの力の入れ方は、つまりスキャンダルの経緯とかプライベート周辺はウソや誇張が混じりあってるけれど、競技の中の彼女の姿には嘘はないんだということを描きたかったんだろう。よく知られているようにトーニャはスキャンダルに連座してスター選手から転落する。その後は女子ボクシング選手になっていた。女子ボクシングといえば『ミリオンダラーベイビー』だよね…イーストウッド作品の中でも哀しく切実で美しい。あれも貧しい階層のクズな家族が、主人公にとってなんの救いにもなっていない哀しみが充満していた。見ていて思い出した。

ランナウェイズ



<予告編><Full Movie>
ガールズバンドのはしりランナウェイズ 。1970年代後半に日本で巨大なブームとなり、それに味をしめた日本の興行主たちによって、定期的に不思議な海外ガールズユニットが投入されることになった。Shampoo、Taboo、もっと前だとシンディ・ローパーも最初のころはそんな扱いだった。てかそのくらいしか思いつかないや。 そんなバンドはライブよりTVや雑誌のメディア出演がふえる。だんだんうんざりしてきた彼女たちは、TVでもやらかすようになる。そして伝説の誕生だ。tabooのナマ本番ドタキャン事件。シンディ・ローパーの口パクあからさま事件。
ランナウェイズ はたぶんそんな彼女たちのパイオニアだ。1970年代。そのころだと来日するミュージシャンは今よりだいぶエキゾチックな体験をしただろう。今みたいに外国人がふつうに遊べる場所がそこら中にあるわけじゃない。しかも熱狂的なファンたち(女の子が多いのだ)がホテルに押し寄せる。そしてTVではなぜかランジェリー姿で熱唱しなくてはいけないのだ。
映画を見るとそもそもランナウェイズ はプロデューサーの企画ものだったことが分かる。まあね。だってそれまでロクにガールズバンドなんてなかったんだから。少女たちが自然発生的にバンドを組もうとはなかなかならない。女の子じゃなくロッカーになりたいジョーン・ジェットをリーダーに、それぞれにロックをやっていた子たちを集めて、 ボーカルには、ふらふらしていた、歌もろくに歌えない、だけどやけにセクシーなシェリー・カーリーを持ってきてバンドはスタートする。むさい男の客にけんかを売るようなスタンスで、ライブでは猛烈な罵声をあびる。あやしい西海岸系プロデューサー役は「なんかタランティーノみたいだな」と思ってたら、マイケル・シャノンだった。『ノクターナルアニマルズ』『シェイプオブウォーター』でおなじみの顔力系役者だ。


「男のうざい欲望にけんかを売る」ノリで始めたはずが気がつくと東洋の国でランジェリーを着て歌っている。おまけにプロモーション用だといって、シェリーは日本のカメラマン(てか紀信ね)に限界ギリギリショットを撮られてしまう。現代音楽でもないのにバンド内で不協和音が鳴り響きはじめ、けっきょくシェリーはボロボロになって脱退。この映像シェリー脱退後のバンドのライブ。ジョーンが1人でボーカルを取っている。
何年かたって、ちょろっとソロ活動や女優をやったけれどシェリーはショービジネスからは降りていた。ある日ラジオから聞きなれた声が聞こえる。ジョーン・ジェットが新曲プロモーションで喋っていたのだ。その新曲『I love rock’n roll』はやがてロックのクラシックになり、ジョーン・ジェットはだれも文句のつけようがないロックンローラーになる。