ルビー・スパークス


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ストーリー: 10代でセンセーショナルなデビューをかざった作家カルヴィン。いまでも彼と彼のデビュー作はそれなりに人気だ。でも作家はその後10年長篇が書けないでいる。自分の何が問題なのかいまひとつはっきりしない彼は夢で理想の女性と出会った。瞬間、無限のイマジネーションが湧いてきて、彼女を主人公にした小説を書くため彼はタイプライターをたたきにたたく。いつの間にか彼女ルビーが実在化して...
たれ眉の恋。困り眉の男ポール・ダノと、八の字眉の女ゾーイ・カザン。実際にもカップルである二人の、彼女が書いた脚本で彼は物書きを演じる。彼女の書いた世界の中で、彼女は彼の書いた世界から生み出された彼女を演じる。ん?なんだかわからん? 二人がリアルでもカップルかどうかはどうでもよかったね、んなこたぁ。そこを抜けば、これはいわゆる「ピュグマリオン」モノのアレンジだ。古代ギリシア神話に原型があるこの物語は、男が自分の思うままに女を創造して彼女を愛する話。「恋の思うようにいかなさ加減に疲れはてたオレ」「命を産みだす能力のない自分」という、二つの問題を一挙に解決するファンタジーだ。
私の生きる肌』はその変形で、ここまでハードじゃなくても『プリティ・ウーマン』タイプの、実在の女性を自分好みに育てあげるストーリーもこのジャンルで語られたりする。
こういう話はたいてい被創造物あつかいだった女性が成長して強い自我を持つようになり、彼の支配に収まらなくなって関係が崩れていく。
ゾーイ・カザンは、男がそのイマジネーションだけで都合のいい人格をつくるなんてできるわけないよ、という視線でこのラブストーリーを書いている。ほとんど最初からそんな展開だ。カルヴィンはリアルではしばらく彼女もいない奥手の男で、だからひたすらに可愛くて自分の方だけを向いてくれる彼女を作りたい。彼がタイプライターでそう叩けば彼女は彼なしではいられないようになるけれど、ほどほどのいい感じではいてくれないのだ。
男が創造したルビーなんだから、完全にゼロから人間が形成されていくのでもよさそうだけど、それはたぶんちがう話に、アンドロイドっぽい話になる。それってわりとあるしね。だから、彼女は年相応の人格をもってこの世界に生まれてきた。だけどその分、何もかもが彼のプログラムどおりにはいかないのだ。クライマックスはなかなかに壮絶で、けっきょくカルヴィンは良くも悪くも一人の人格を完全に支配できる人間じゃなかったことがけっこうぐさっとくるシーンで表現される。

この映画は作家を礼賛する話でもあって、生身の人格を創造して支配することはできなくても、架空の世界の中で十分に魅力的な人格を遊ばせることができる、作家という存在のすばらしさみたいな話になっている。カルヴィンはそれはできたのだ。じっさい、フィクションの中のすごく魅力のあるキャラクターは、実在の人以上にけっこうな影響がある「人格」だよね。
カルヴィン役のポール・ダノはいままでみた中では一番いい。ちんちくりんじゃないウディ・アレンだ。全体にアレンの映画をふまえてる気はするね。カウンセリングにたよっているところなんかも。ゾーイ・カザンは決して超美人じゃないし何げにちょい短足ですらあるけれど、このお話には良くあってるのかもしれない。というか彼女が書いたと思うと、なんだか文句がつけづらいし。
兄貴がわりと泣かせる「唯一の理解者」ポジションで、あと母の後夫のアントニオ・バンデラスが髪型こみで『あまちゃん』の杉本哲太とほぼ同一人物だ。親夫婦の家は実在の有名なハウスらしく、トロピカルな植物が建物の内外をおサレに埋め尽くして、ちょっと行ってみたい雰囲気だ。
リトル・ミス・サンシャイン』『500日のサマー』のスタッフチームが制作。ジャンルとしては『500日のサマー』と同じポジションだ。あと味はいいよ。『500日』と同じく、じつに都合よくいい感じのエンディングだ。

追記。カルヴィンの使っているタイプライター(写真に写ってるね)はOlympia-SM9というモデル。オリンピアはドイツのメーカーで、作家みたいに長い時間使うユーザーにはなじむタイプ、みたいだ。